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●我が国と世界の食文化は、どのように育まれてきたのでしょうか。
●現在の食文化
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| 我が国と世界の食文化は、どのように育まれてきたのでしょうか |
| 1.世界の食文化の潮流 |
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世界の食文化の歴史での主要な農畜産物は、米、麦類、肉、乳に代表されます。
- 米は、インドアッサムから中国雲南省または中国揚子江下流が起源とされ、水辺や湿地帯のある東アジアへ普及していきました。
- 麦類や肉・乳は、メソポタミアを起源とし、東はインド西部、西は地中海地域からユーラシア大陸へと広がっていきました。
- 麦類は、その地に合ったコムギ、オオムギ、ライムギ、エンバクの4種類が栽培されるようになり、それぞれの麦でのパンなどが、代表されるようになりました。
- 米は何年でも連作が出来ますから、アジアでは米が食事の中心となっていきましたが、麦は、米のようには連作が出来ませんから、麦畑を3年に1回休耕して、この休耕地に放牧する「三圃式農法」が長く行われていました。こうして、麦と畜産物主体の食文化が出来てきました。
なお、海に面した地中海周辺や北欧などは、畜産物の代わりに水産物中心の食文化が形成されました。
- 我が国では、米が海沿いの地域で発展したことから、米と魚の文化が生まれました。
また、仏教の影響もあり、牛や豚などの食肉の文化は発展しませんでした。
(説明)
- 米食文化と肉食文化の違い
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米食文化は、米が毎年連作が出来ること、から、米を主食とし、おかずを副食とする食事体系が古くから出来上がっていました。
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これに対して、ヨーロッパなどでは、麦の連作が出来ず、収量も米に比べると少ないことから、主食となりえず、むしろ、畜産物をおいしく食べるための引き立て役になり、今日に至っています。肉食では、主食、副食という区別がないのです。
- 世界的な食材の交流
- 麦類や畜産物を主体とする食文化と、米を中心に、野菜や魚などを主体とする食文化がそれぞれ歴史とともに進展していく中で、世界の交流の起点とも言うべき、コロンブスなどの大航海時代に、香辛料の発見と世界各地への伝播が始まりました。
マルコポーロの東方見聞録に刺激され、コロンブスやマジェラン、ヴァスコ・ダ・ガマが、インドネシア、フィリピンや中南米から、コショウ、チョウジ、トウガラシなどの高価な香辛料を西洋に持ち帰ったのです。
- しかし、麦類や米などの主食は、いずれもその土地で採れるものが、ずっと、中心の食材であり続けました。
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